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2014年7月3日木曜日

iFIオーディオ主任エンジニア、トルステン博士かく語りき(4)連載インタビュー付録:PCM vs DSD

実際に何が“ネイティブDSD”、またはネイティブPCMを構成しているのかは、重要な問題になっています。PCMとDSDは根本的に異なるフォーマットです。このことはPCMとDSDのそれぞれのデジタル化された波形の素の状態を観察すればはっきりと分かります。

それぞれのフォーマットは異なる長所と短所を備えています。一つのフォーマットからもう一つのフォーマットに変換する際は必ずデータの損失が発生します。さらに悪いことに、そのプロセスの中で、私たちはひとつのフォーマットを並外れたものにしているものを何でもかまわず取り除き、その上同時にもう一方のフォーマットの限界を押しつけてしまうという傾向があります。結果として、私たちは両方のベストが得られるどころか、片方のベストすら享受することなく、両方の“悪いところ取り”をしてしまいます。


はじめに少しばかり歴史的なお話をしてしまいますが、お付き合いください。

デジタルオーディオはPCM(日本のEIJA標準規格による14と16bit PCMが主流ですが、Deccaが採用していた標準外規格もありました)とビットストリームシステム(基本的なところで似ていますが、デジタルオーディオプロセッサー「DBX Model 700」のDSDシステムよりも性能は劣っていました)の2つでスタートしました。

元もとCDにとって標準のシステムであるPCMは、音楽信号を毎22.7マイクロ秒(44.1kHzのサンプリングレート)の速度で読み取り、65,536通りの値(216 – 16 bitのバイナリ偏差値)から一つの値に変換します。つまりどのタイミングにおいてもリファレンスと比較した絶対値があって、ちょうどアナログシステムのようになっています。キーポイントになる相違点は、継続的な波形がなく、元の波形に近い矩形波となっていて、アナログローパスフィルターにより矩形波を滑らかなものに変換しているところです。

もし44.1kHz/16BitのPCM信号を可視化するなら、1秒間で44,100ピクセルの幅と、65,536ピクセルの高さ情報により画像を表現することができます。PCM信号は振幅に対して常に絶対的な精度と解像度を備えています。欠点としては、厳密に再エンコードする際に、アナログ信号にローパスフィルターをかけなければならないのですが、そうすると、付随するフェーズ及びタイムドメインのエラーと、きわめて粗いタイムドメイン解像度を伴うことになるのです。

44.1KHz PCM digital audio system (e.g. Sony PCM F1)Mr. Loesch’s own Sony PCM F1 portable recording system, originally owned by Alan Parsons


比較してみると、DBXビットストリームシステムは、仮に信号が最終のサンプリング値から上下に変動した場合、1.55マイクロ秒ごとに値を特定します。これはDSDの約1/4となるサンプリングレートである644kHz に相当します。つまりそれぞれのポイントで絶対値はなく、22.7マイクロ秒の長さを持つタイムウインドウ(これはPCMの44.1kHzウインドウに相当します)の中で、PCMの65536という値に比べて、わずか14.6という値のみが処理されるのです。

ノイズシェーピングという技術を使えばより多くの値を処理できますが、タイムウインドウをもっと長くする(平均値を適用する)必要が生じます。DSDのより高いサンプリングレートはある程度この問題を改善しています。

644kHzのDBXビットストリームシステムを可視化したいと思えば、1秒で644,000ピクセルの幅と2ピクセルの高さの画像が得られるでしょう。シングルビット/ビットストリームシステムは振幅のドメイン情報において正確性と解像度に欠ける傾向があるものの、タイムドメイン情報における正確性には富んでいます。おまけにこのビットストリームシステムは、PCMで必要になる急勾配なアンチエイリアスフィルターが不要です。ただローパスフィルターはやはり必要です。

Classic Bitstream digital audio system - dbx Model 700 Bitstream AD & DA Processor

どちらのシステムも、再生側である種のローパスフィルターが必要であり、可聴帯域外ノイズとフェーズ/タイムドメインエラーの間で何を生かし何を犠牲にするかについての、様々な選択要素があります。

このPCMとビットストリームの“フォーマット戦争”において、第1ラウンドはPCMが圧倒的勝利を収め、デジタルオーディオの事実上の業界標準となりました。その後にはCDやDVDの音声標準にもなったのです。DBX Model 700が歴史の片隅に追いやられ、ほとんど忘れられてしまったのに対して、ソニーのセミプロ向けポータブル機「PCM-F1」や、スタジオプログレードの「PCM1630」などの機材は、デジタル録音の草創期に業界標準のデジタルプロセッサーになりました。

appx. late 90’s digital audio system – single-bit ADC to CD or DVD to single-bit DAC in 16 Bit / 44KHz or 24Bit / 96KHz


リアルPCMによるオーディオ録音・再生は録音中にマルチビット処理によるアナログ→デジタル変換(ADC)を行い、(再生時に)デジタル→アナログ変換(DAC)を行っていました。このようなマルチビット処理のコンバーターは複雑で処理に時間がかかるため、製造コストも高く付きますが、デジタルオーディオの初期10年間には一世を風靡しました。

これと比較すると、シングルビット/ビットストリームタイプのADCとDACは、ずっと簡易な構造であるため製造コストも安価に抑えられます。だから90年代初頭には、ハードウェア(ADCとDACチップ)の市場はシングルビット/ビットストリームコンバーターに流行が移り、リアルPCMからは遠ざかっていったのです。

Crystal CS4303 Delta Sigma DAC and Asahi Kasei AK5327 Delta Sigma ADC

でも例外は存在しました。1990年代終わり頃には最後の砦となっていたPacific Microsonic社がマルチビット処理のADCシステム「Model 1(そしてそれに続いて非常によく似たタイプのModel 2)」を製造していました。オーディオ用マルチビットDACは何とか持ちこたえて、今日でもまだ究極のUltra-Fidelityな再生システムに使われています。もっとも、低コストの製品についてはシングルビット/ビットストリームデバイスの機器が大半ですが。

今やほとんどのADC/DACがシングルビット/ビットストリーム機となりましたが、AD処理されたシングルビット/ビットストリーム信号はCDに収録するためにはPCMに変換される必要があり、さらにCDのPCM信号をシングルビット/ビットストリーム対応のDACで出力するには、CDのPCM信号を再びシングルビット/ビットストリームに変換し直さなければなりません。このように2度手間となる変換処理は最悪のシナリオです。情報ロスが2回生じるため、2度ものダメージを被った音源がつくられます。同じく、いわゆるラウドネス戦争の影響もこれにかさなり、商用音楽レコーディングの品質は1990年中頃から2000年中頃までの間に、非常に品質が落ちてしまいました。

そのため、1990年代半ば以降にリリースされた“PCM”録音は、“HD”PCMと書かれていながらも、実際にはシングルビットADC(つまりDSDとよく似た)により録音され、編集、マスタリング、リリースの際にPCMに変換されていたのです。

Yamaha 01V Digital Mixer with single-bit ADC’s and 16 Bit PCM output to CD to Marantz CD-Player with single-bit DAC


事実のところ、Pacific Microsonic 社の「Model 1」、または「Model 2」で録音された音源だけが唯一、本物のHD PCMであると考えられ、非常に珍しいコンバーターであるがゆえに、録音タイトルも同様に数は多くありません。したがって、わずかな人々だけが真の“PCM”オーディオを聴いていて、さらに稀少な方々が“HD”のPCMオーディオを聴いていたというのが、悲しいけれど本当のことなのです。

appx. late 90’s HD PCM digital audio system – Pacific Microsonic Model 2 Studio 24-Bit / 176.4KHz Multi-bit AD/DA Processor with HDCD


90年代の終盤のこういった問題を考えて(そしてその他のより商業的な理由により)、ソニーとフィリップスはDSDという名称で、商用ビットストリームフォーマットを(再度)起ち上げようとしました。まずはアーカイブ用として、続いてスーパーオーディオCD(SACD)と呼ばれるCDに代わるオーディオフォーマットをつくりました。DSDはシングルビットからPCMへの変換、そしてその逆の変換手順を省略して、直接シングルビット/ビットストリームで録音します。このようにシングルビット/ビットストリームでAD変換したソースをシングルビット/ビットストリームでDA変換して再生するDSD/SACDは、CDからの大きな進化となりました。

appx. late 90’s DSD digital audio system – SACD


しかしこのビットストリームフォーマットはマーケティング的な観点からみれば、やはり成功したとは言えないものでした。この間に、アナログレコードにすら後塵を拝するほどSACDの売り上げは停滞していました。

DVDや動画側でより高いサンプリングレート、ビット深度による収録が標準化すると、ハードウェア産業は“CDを超える”品質を持ったAD/DA変換への解決法を迫られるようになります。彼らはそもそもシングルビット/ビットストリームの技術が適していないという結論に至り、“マルチビット”変換に相当する数ビットをビットストリーム変換と組み合わせた、様々な、いわゆる“ハイブリッド”システムが新しい標準となりました。

appx.2013 typical DSD revival digital audio system – “DSD capable DAC”


この技術を使ったADC/DACの中で最も良いものは、デジタル変換における事実上の最新スタンダードになりました。しかしながら、もちろん問題もあります。今や6〜8ビットで駆動して、256または512回のオーバーサンプリング処理に対応するADCがあります。同様のスペックのDACもあります。これは、おそらくは24bit駆動で768kHzのマルチビット能力を持った真のマルチビッットADCやDACとまったく同じではないでしょうが、原理的には、従来のシングルビット/ビットストリーム機器の性能ははるかに凌ぐポテンシャルを持っています。

しかしこういった技術を使用したADCとDAC間の “転送”は、DSDまたはPCMの可変速度処理にのみ対応しています。この新しいシステムに“ネイティブ”のフォーマットはないので。これは、DSDによって解決しようとしたのと同じ問題を、より高次ながらも、再度つくりだしました。録音をする際にはDSDかPCMに変換を行いますが、どちらの場合もオリジナル録音だけが持っているクオリティを多少とも失ってしまいます。

もしも352.8kHz/24bitのDXD-PCM信号を、1bit/2.822MHzのDSDに変換するとしたら、PCMフォーマットで可能な振幅情報の99.96%ほどを捨てなければならず、また一方でDSDで可能なタイムドメイン情報の12.5%しか得ることができません。

もしDSDからDXDへ、すなわち1 bit / 2.822MHzから352.8kHz/24 bitの信号に変換するなら、DSDソースが持つ87.5%のタイムドメイン情報を捨てなければなりません。それらすべてを振幅ドメインに理論的にリマッピングすることは可能ですが。

つまり実際には両方のフォーマットのベストというより、むしろ最悪の部分を取り出してしまう結果になるのです。

これらのADC/DACの部品は、一般にはPCM中心の市場向けに開発されていました。そこでは、レコーディング/編集/マスタリング/リリースの全工程がPCMで処理され、ADCは全般にPCMで出力され、DACはPCM信号の入力を想定しています。そしてそれらは、このオペレーションに最適化されている傾向にあります。

DSDはしばしば“それらしい用語を使って流行に合わせる”ため、後から補足的に取ってつけられる機能になりがちです。こういった多くのDACは、例えばデジタルフィルタリングとデジタルボリュームコントロールの付いた完全なPCMオーディオパスを持っています。その内部では、DSDはまずPCMに変換され、デジタルフィルターをかけて(ここでPCMからDSDデータストリームへの変換で生じる全ての悪影響が追加されてしまい)、最終的にマルチビットによるDelta Sigma変換が行われます。つまり望ましくない2つの変換処理が、DACチップと呼ばれるブラックボックスの心臓部分で行われることになるのです。

最終的に私たちは、過去から現在に、そして“ネイティブ”のDSDとPCMに戻ってきました。もしも本当にDSDからベストな音を引き出したいのならば、まずはPCMに変換してからPCMの信号データとして処理を行って、マルチビットのDelta Sigmaとして再生することで、実際はDSDを直でPCMに変換して、PCMとして再生することとほぼ同義になります。このようなことが「DSD対応DAC」と呼ばれる製品の多くで起こっているのです。

Single-bit ADC with DSD output to File played on Mac/Audirvana and “Brand X” “DSD DAC” with hybrid DAC


このようなPCMとDSD間の変換に対応するコンバーターから、私たちが聴き分けられる音の違いは、厳密に変換アルゴリズムによって生じているものであり、フォーマットそのものの違いによるものではありません。元の手を付けていないDSD音源に比べれば、信号ロスは避け難いものです。

理想的であるのは、本当のマルチビットDACを使ってPCMをPCMとして再生することです(オリジナルのAD変換されたソースが何であっても、1段階の処理工程に伴うロスを被らないですむのです)。そしてデジタルドメインの中で余計な処理を加えずに、DSD信号をピュアなDelta Sigmaとして再生することです(オリジナルのAD変換されたソースが何であっても、1段階の処理工程に伴うロスを被らないですむのです)。これが我々の望みであるとしたら、最新のフラグシップと呼ばれるDACの大半は非常に良くないということがわかります。多くの製品はPCMとDSDともに台無しにしています。

nano iDSD(そして近々発売の全てのiDSDレンジ)では、私たちこれを提供するためにあらゆることをやっています。DSDとPCMの両方を適切に扱えるDACチップをすぐにも見つけることは大変な難題でした。メーカーは一般的にチップの内部情報を公開したがらないので、本当はどんな処理が行われているのか知るためには、実際のパーツを手に入れてから独自に入念なテストをしなければならないのです。

nano iDSDで使っているDACチップでは少し変わった処理を行っています。PCMオーディオの上位6bitの信号に対して、6bitトゥルーマルチビットDACを用いることで、Burr BrownのマルチビットDACの有名な特質である、暖かいと同時に迫力のあるサウンドを実現しています。これより下位のビット情報は全て、等級の低い256スピードのDelta Sigma変調器により(事実上のDSD256)変換され、PCM再生時に、Delta Sigma DACとDSDの有名な特質である滑らかなサウンドを提供します。

DSDの再生時には同じDelta Sigma変調器が、直接DSDのビットストリームからアナログ信号に変換するかたちで使用されます。もちろん、DSDに使うことができるデジタルフィルターやデジタルボリュームコントロールは存在しないので、これらの機能は元々あるべきアナログドメインに追加しなければなりません。最後にiDSD nanoの魅力を、私の第2の故郷である英国のことわざにあるように、“プディングの味は食べてみればわかる”(論より証拠)という言葉に例えて皆さんにお伝えしておきたいと思います。

(翻訳:山本敦)
AudioStreamのインタビュー記事より 原文

2014年6月14日土曜日

iFIオーディオ主任エンジニア、トルステン博士かく語りき(3)連載インタビュー

“私たちが、何が聴こえていて、何が聴こえていないのかを断言できるようになるまでには、まだまだ多くの研究が必要です。”

電気信号を厳密に見ていくと、サンプリングレートを高くし、ビット数を増やすことによって、録音された電気信号をオリジナルの音響により近く似せることができるということが、簡単にわかります。適切なエレクトロニクスとスピーカー、またはヘッドフォンと組み合わせれば、高いサンプリングレートとビット数によって、オリジナルの音響に存在していた音場に、より近い音場を創り出すことができると、主張することができます。

人間の聴覚システムの、実際に動作する、信頼できるモデルを獲得する(つまりアンプ、スピーカー、ヘッドフォンなどが必要なくなり、単に神経システムへ直に接続できるようになる)までは、経験ある投資家は原音に最大限近づけるやり方、つまり、サンプリングレートとビット数を改善するという方法に乗っかるのです。しかもこの方法は、今ではそれほどむずかしいことではないので、なおさらそうするのです。

−−−− AMRの「デジタルプロセッサー777」は、音源に起因する“ジッターを実質的に除去する”“ゼロジッターモード”を搭載しています。そもそも、ジッターとはどういうものであり、なぜ除去する必要があるのか、お話しいただけますか?

ジッターに関しては、すでに十分に説明されていますが、恐らくその概念にはいまだ謎めいている部分があります。

DSDのことはひとまず置いておくとして、デジタルオーディオは、一定の正確さで絶対的な値として信号を記録します。この値をアナログ信号として復元することができる限りは、私たちはデジタルシステムの正確さの範囲内で、許される限りオリジナルの信号をこれと一致させようとするでしょう。

ただしこれは、それぞれのサンプルが完璧な周期を備えたAD変換において得られ、そしてまたそれが同様に完璧な周期で再生された場合のみに限られます。

仮にタイミング(計時)に変動があった場合、つまり、AD変換またはDA変換のどちらかが起こる“時に”変動があった場合は、結果に歪みが生じてしまいます。典型的な図をここに示します。


A)ジッターのないクロックで正しく再構築されたアナログ信号   B)ジッターのあるクロックで再構築されたアナログ信号

こういった種類の歪みを最小化する必要があることは明らかですが、最小限に止めるための方法と、タイミングの変動の起源に関する知識はまだ多くはありません。

DP-777では、ジッターを極小化するまったく新しいクロックシステムを開発・搭載しました。それは、入力されるクロックをきわめて長時間にわたって平均化し、それだけを探知するクロックなのです。クロックをコントロールするためのPLLや、あるいはそれに相当するコントロールループを使わず、代わりに制御はノンリニアのファジー論理を基盤にしています。これにより、制御システムがメモリバッファの正確な動作を確保するためにクロック周波数を変える必要があると判断しない限り、クロックをしっかり固定する仕組みになっているのです。

“ついでに言っておきますが、フェムトクロックのジッター及びフェーズノイズはきわめて低いのです。しかし、実際に数フェムト秒のジッターが示されるのは12kHzを超えたあたりであり、これはつまり、可聴帯域の上限に向かうあたりでやっとジッターが観測できるということです。”

私たちが“グローバルマスタータイミング(GMT)”と呼んでいるこのクロックは、今はやりの、いわゆる“フェムトクロック”と同程度のジッター及びフェーズノイズを持っています。ついでに言っておきますが、フェムトクロックのジッター及びフェーズノイズはきわめて低いのです(訳注/フェムトは10の-15乗)。しかし、実際に数フェムト秒のジッターが示されるのは12kHzを超えたあたりであり、これはつまり、可聴帯域の上限に向かうあたりでやっとジッターが観測できるということです。これは、“フェムトクロック”が、10kHzを超えたあたりからノイズが一層低くなるのが理由です。そしてこのことは、それを意図したアプリケーション(ハイエンドオーディオではなく、インターネットのバックボーンとなっているSONET〔Synchronous Optical Network〕がそれです)にとっては、重要になります。

GMT(グローバルマスタータイミング)は、基板全体にわたって非常に低いジッターレベルであるため、影響を気にする必要がありません。私たちはこれをシンプルに“ゼロジッター”と呼んでいます。新しいクロックは概ね10分間前後で0.004ppm以下の変化となります。音源からのどんなクロック変動も、メモリーバッファに吸い上げられてしまいます。このバッファは、ビデオ再生時にリップシンクの問題を引き起こすことがないほどの短さであるとともに、どんな形体のジッターも吸収するほどの長さを持っているのです。

AMR’s Zero Jitter circuit = Immaculate Signal


−−−− AMRはデジタルプロセッサー「DP-777」の中で、基本的にCD品質のデータをより高いビット/サンプリングレートで処理するのではなく異なるチップセットで処理する“Gemini Digital Engine(GDE)”を採用しています。それぞれのビット/サンプリングレートに合わせて別々のチップセットを使う利点とは何でしょうか?

PCM、ビットストリーム、“ネイティブ再生”については先述した通りですので、古典的なマルチビットDACをCD再生に使う理由は明らかでしょう。他にどんな方法を使ったとしても、CD信号のために得られるものは何もないのです。

古典的な“ダイナミック・エレメント・マッチング”のフィリップスのCD-DACのような種類の音を提供してくれるチップの数は、非常に不足しています。すべてが10年ほど前に製造打ち切りになりましたが、そのすべてがフィリップスによって製造されていたのです。しかも、そのどれもが、16ビット以上では動作せず、他に似たようなサウンドのものはありませんでした。ですから私たちはこれ(フィリップスのCD-DAC)をCDの標準的な信号用に使っているのです。

しかし、より高い解像度やサンプリングレートをネイティブの解像度で扱う能力がないと、現代の信号には問題が生じるかもしれません。それゆえ私たちは、多大な時間をかけて、DP-777を将来も長い期間にわたって使うことができるように、“HD(高密度)信号”を扱うための優れた音質を提供してくれる現代のDACを探しました。そしてそうしながらもその一方で、CDやCDからリッピングしたファイルを再生する際に、古典的なフィリップスのDAC+真空管のCDサウンド(私たちのCDプレーヤーは当然ながらこれで有名であり、またこれで数多くの称賛と賞を獲得しました)を提供できるようにしたのです。

多くの点で、これはiFiのiDSDシリーズがDSDに適用される場合と同じ原理です。それぞれの種類の信号を、それぞれに最適な解決法で再生するのです。



−−−− iFiはUSB-DAC用のiUSB Powerも手がけています。USB DACへの電源供給の重要性についてお話いただけますか?

原理的に、USBとは単なるデータの通り道に過ぎません。ですからすべてのDACは、優れた電源供給をすれば、その恩恵を受けるのです。

USB接続とFirewire(現在はThunderbolt)接続は、どちらも電力を伝送し、また外部電源と電源ケーブルは現代のセッティングでは不便なので(そして間違いなくお金もかかります)、低予算のDACを作る際には、USBやFirewire(Thunderbolt)による電源供給を使うことは、自然な選択になります。それは、おそらくは高価なハイエンド装置ではあまり言い訳ができないのかもしれませんが、それでも、ハイエンド装置においても、コンピューターのUSB電力からUSBインターフェースに電力を供給することは、珍しいことではありません。


“残念ながらUSB、あるいはFirewireからバスパワーで供給される電源は高品位なオーディオ機器に供給したいと思うものからはほど遠いのです。一番良くても、100Hzから数GHz帯では酷くノイズだらけであり、最悪の場合は、まあ、言わぬが花でしょう。”


最良の選択は、もちろんUSBバスパワーを使わないことです。もし“デザイン上の制約”でこの選択ができなかったとしても、iFiのiUSB Powerならば、この選択が再び可能になり、乾電池やリチウムイオン充電池の比ではないほど強力な電源が供給できます。21世紀のUSBオーディオを考えるには、 PS Audio社のMains電源製品シリーズを考えてみてください。


−−−− iFiではデジタルオーディオ製品も含めて、多くの製品のアウトプットステージに真空管(OptiValve)を使われていますね。その背景にある理由をお聞かせ下さい。

貴誌が以前にiTubeをレビューされたときに、その重要な答えの一つについて触れていらっしゃいます。

“なぜ真空管なのか?”iFiでは、フランクフルト音楽芸術大学のJürgen Ackermann氏がかつて50名の参加者に対して実施した、真空管と半導体のオーディオシステムによるブラインドリスニングテストの研究を参照しています。

結果、半導体オーディオでは30%のリスナーが試聴後に不快感を感じたと答えたのに対して、真空管の場合は187%が全体的な試聴感が向上したと回答しています。この研究はStereophile誌のMarkus Sauer氏が“神はニュアンスの中にある”という表題で発表した素晴らしい記事を参照して行われました。ぜひ読んでみて下さい。では、なぜ真空管なのか?真空管には音楽鑑賞をより楽しいものにする効果があり、それは聴いてみることで証明されます。



シンプルな話です。真空管は主観的な試聴感を向上させるとともに、真空管を聴くことで私たちはよりストレスを感じることなく、さらにリラックスした状態でエモーショナルに音楽とつながることができるようになるのです。これぞまさに、iFiが追求しているオーディオ体験に他なりません。

−−−− ファイルベースの音楽再生における次の大きな進化として、どのような展望をお持ちですか?

2014年はハイレゾ −−−− それがDXDであれ、DSDであれ、HD-PCMであれ −−−− が、モバイル、ポータブル、ストリーミングで実現されるでしょう。

スマートフォンやタブレット、および関連製品がHDオーディオを本気でサポートし始めます(毎度のように日本がこれを先導していますが)。

ポータブルのヘッドフォンやオーディオ機器は急速に音質が向上してきました。

一方で音楽配信サービスでは欧州が先行しています。配信は20世紀初頭に始まった“物理的メディア”による過去の音楽産業を覆して、着実なビジネスモデルを新たに構築しました。

この“物理メディア”による販売戦略は、1970年代に「自宅録音が音楽を駄目にします」という警告がレコードスリーブに書かれた時も、既に時代遅れになっていました。(おかしなことに、2014年になった今でも音楽産業は無くなっていませんが)

Source: redbubble.com


高速モバイル環境と街中に広がるWi-Fiネットワークは、HDオーディオのシームレスなストリーミング環境を実現し、欧州とアジアでは大きなマーケットシェアを獲得しています。

Source: vizio.com


まだ古い音楽リスニングのスタイルにこだわっている人にとっては、それは夢の国のように思えるでしょう。それ以外の多くの人々にとっては、“クラウド経由の音楽ソースをDXD DACで受けて、ゼンハイザーのハイエンド・ヘッドホンHD 800で聴く”という楽しみ方が一般的になってくるはずです。

誰がなんと考えようと、そういう時代がやってきます。

未来はまさに“今”なんです。HD/高品質のオーディオを聴く環境は、あらゆるフォーマットやパッケージで、 EarbudsからWilson Audioの 「Alexandria」シリーズに至るまで、整いました。今はまさにオーディオ産業にとってエキサイティングな時期だと思います。そこに加わった人々は「神の書いた文字(メネ・メネ・テケル・ウパルシン)」が読める仲間になれるのです(訳注/「メネ・メネ・テケル・ウパルシン」は、ベルシャザル王の酒宴の席で、壁に現れた手が書いた文字。「数えられ、数えられ、量られ、分かたれた」の意味で、王国滅亡の予言と考えられた)。(続く)

(翻訳:山本敦)
AudioStreamのインタビュー記事より 原文

2014年6月5日木曜日

iFIオーディオ主任エンジニア、トルステン博士かく語りき(2)連載インタビュー

前回からの続き)−−−−AMRとiFiでは、それぞれに価格レンジが全く対極にある製品がラインナップしています。開発設計の責任者として両方のブランドで苦労されてきた点や、チャレンジしてきたことを教えて下さい。

AMR、iFiともども、設計のあらゆる局面で一緒に携わっている強力な開発チームがいます。私の役割は重要ではありますが、私はそのチームワークの中で、最終設計を担当する数人のうちの一人に過ぎません。

チャレンジは相違していると同時に似通ってもいます。最も重要なことは、それぞれの製品に対して可能な限り最高のサウンドクオリティーを実現することです。このことはiFiでもAMRでも同じことです。唯一異なっているのは、製品をつくる際の制約の部分です。

スーパーハイエンドのAMRでは、技術的な面や、パーツ選定において広く設計の自由があり、コストや時間の問題をほとんど度外視しながら、もはや製造されていないまったくのデッドストックのパーツを使うことにこだわっても大丈夫です。例えば10〜20年ものの新品のデッドストック(いわゆる「新古品」)DACチップや、50年ものの新品のデッドストック真空管であっても、取り入れることができます。回路の細かな側面を完成するのに1年かかる? いや、2年かけてもいい。実際にそれだけかかるのなら、そうするしかないのです。

一方iFiでは、私達は時間とコストの制限と戦わなければなりません。利用可能な技術を使い、ひとつの設計を仕上げるのに数年をかけるということはありません。新製品を、もっとずっと迅速に発売できることが必要なのです。

“多くのメーカーにとってアプリケーションノート(テクニカルシート)は絶対基準であると思いますが、私たちにとっては、単に最低限のパフォーマンス基準であり、設計のスタート地点に過ぎません”

それでも、どちらのブランドでも、私たちは通常とは違う解決法を用いることができ、また実際にそうしています。アプリケーションノートに従って、“クッキーの型抜き”のような型どおりのやり方に自らを限定するようなことはしません。多くのメーカーにとってアプリケーションノートは絶対基準であると思いますが、私たちにとっては単に最低限のパフォーマンス基準であり、実際の設計のスタート地点に過ぎません。超ハイエンドの製品を設計して実際に発表するということを通じて、私たちはiFi製品に使われることになるものを選定し、発表するにあたっての、確かで安定した手段を得ているのです。

最終的に、iFiの製品はまさにAMRと同じ“ハイエンド”のDNAを持ち、AMRの“ハイエンド”製品と同様に細心の注意を払って組み立てられます。iFiの場合、超ハイエンド製品に必要とされる最終のリファインの工程を一部簡略化することでコストを下げていますが、基本的なパフォーマンスは等しく私たちのベストを尽くしています。

左からAMR CD-77 (製造中止でストックのみとなったTDA-1541A DACチップセット、及びMullard製真空管を使用) 、 iFi nano iDSD とnano iCAN
−−−−iFiのラインナップには“PCM/DSD/DXDなど、全てのハイレゾフォーマットのネイティブ再生に対応する”「nano iDSD」があります。一般のDSD再生の周辺環境と実際の“DSDネイティブ再生”には多少の混同がありますが、“ネイティブ”とはどういう意味なのかを、この背景の中で説明していただけますか?

PCMとDSDは根本的に異なるフォーマットです。このことは、PCMとDSDのデジタル波形の手を加えていないデジタル出力を観察すれば、明らかになります(Delta Sigma、Bitstream、DSDは、実は基本的には同じ処理に対する異なった商標名)。

PCM vs. DSD – Wikipedia.org

それぞれのフォーマットは、それぞれ異なる長所と短所を持っています。詳しい背景と歴史については、もう一つの論文を参照してください(追加資料後日掲載)。キーとなる論点を要約すると、あるフォーマットを他のフォーマットへ変換する際にはいつも、私たちが完全な世界にでもいない限り、データロスのない完全なフォーマット変換は絶対に不可能であるということです。さらに悪いことに、変換の過程行程で私達は(1)フォーマットが起こす例外は何であれ取り除き、 同時に(ii)もう一方のフォーマットの限界をそれに押しつける傾向にあります。

24bit /352.8kHz (DXD-PCM)のフォーマットから1-bit/2.822MHz (DSD)に変換する場合、DSDシステムがカバーできるのはわずか12.5%の タイムドメイン情報であるのにもかかわらず、私たちはPCMフォーマットがカバーできる約99.6%の振幅情報を捨てなければなりません。DXDからDSDへ変換した場合には、1-bit/ 2.822MHzから24bit/352.8kHzになります。理論的には全てを振幅情報にリマップできるとしても、DSDのタイムドメインの87.5%を捨てることになります。つまり事実上は、両フォーマットからベストというよりも、むしろ最悪のものを取り出してしまう結果になるのです。

Analogue Devices (AD)、旭化成マイクロデバイス(AK)、Cirrus Logic(CS)、ESS(ES)、Texas Instruments(PCM)、そしてWolfson Micro(WM)といった、近年のADC/DACパーツは、一般的にPCMを主体とした市場を対象に開発されています。言い換えると、産業的にはレコーディング/編集/マスタリング/リリースの全てがPCMフォーマットで行われているため、ADコンバーターは一般的にPCMを出力し、DAコンバーターはPCM入力で受けることを想定しており、これらはこのオペレーションに最適化される傾向があります。にもかかわらず、それぞれのDACの中では、基礎をなす変換メカニズムとして、Delta Sigma (言い換えれば1-bit) の一種が使用されているのです。

現在製産されているDACは、一般的にワンチップに統合された、デジタルフィルタリングとデジタルボリュームコントロールによる完全なPCMオーディオパスを搭載しています。デジタルフィルターとデジタルドメインボリュームコントロールはPCMフォーマットでしか動作しません。DSD再生については、ほんのオマケとして 、マーケティング的なニーズから“流行に合わせる”ために付け足されていることが多くあります。DSDをまず最初にPCMへ変換しないDACは、どれもDSD専用のデジタルボリュームコントロールやデジタルフィルターを搭載することはできません。

“DSDをまず最初にPCMへ変換しないDACは、どれもDSD専用のデジタルボリュームコントロールやデジタルフィルターを搭載することはできません”

これらの特徴を踏まえた上で、DSDはまずPCMへ変換され、デジタルフィルター処理が行われ(この段階ではPCMからDSDのデータストリームに変換されるすべての問題が、そしてまたデジタルフィルターの全ての問題が加わってしまうのですが)、ようやくマルチビット Delta Sigmaの信号に変換されます。つまりDACチップと呼ばれるブラックボックスの心臓部分で、望ましくない変換を二重にすることになるのです。

DSDではなく、PCMに的を絞った昨今のDACチップセット。Analogue Devices(AD)、旭化成マイクロデバイス(AK)、 Cirrus Logic(CS)、 ESS(ES)、 Texas Instruments(PCM)、Wolfson Micro(WM)の出しているようなADC/DAC

DSDをまずPCMに変換してからPCM信号として処理し、マルチビットDelta Sigma(Multi Bit Sigmaは未だに1-bitのテクノロジーで、多くのものは並行して走らせているだけです。これは本物のマルチビットDACを走らせるのとは大きな違いがあります)に戻して再生しています。これはつまり、DSDを直ちにPCMに変換してPCM信号として出力しているということで、多くの「DSD対応DAC」と呼ばれる製品で採用されています。Wolfson Microのチップの中に、オプションとしてDSDからPCMへの変換、デジタルフィルター、デジタルボリュームをバイパスして、DSDを直接変換するものもありますが、この場合はDSD信号に最適化しながら、50kHz対応のローパスフィルターを搭載するアナログ回路が必要になります。私は今日に至るまで、このWolfson Microのチップを“ダイレクトDSD”モードで使っているDSD DACを目にしたことはありません。

“ですから通常は、現代のコンバーターでPCM音源とDSD音源を聴いて音の違いがあったとしても、厳密に言えば、それでそれぞれのフォーマットの相対的な長所について何かがわかるわけではなく、変換のアルゴリズムばかりがわかるだけなのです。”

ですから通常は、現代のコンバーターでPCM音源とDSD音源を聴いて音の違いがあったとしても、厳密に言えば、それでそれぞれのフォーマットの相対的な長所について何かがわかるわけではなく、変換のアルゴリズムばかりがわかるだけなのです。

理想なのは、PCMを、真のマルチビットDAC(オリジナルのADC音源が何であるかは問題ありません – 変換処理とそれによるロスの段階を常に一段省くことになるからです)を用いて、PCMとして再生することです。そして私たちは、DSDを、デジタルドメインでは一切変換処理することなく(オリジナルのADC音源が何であるかは問題ありません – 変換処理とそれによるロスの段階を常に一段省くことになるからです)、純粋なDelta Sigmaとして再生します。これが、私たちが“ネイティブ”再生と呼んでいるものなのです。DSDはDSDのままで、直接アナログに変換されます。PCMはPCMのままで、直接アナログに変換されるのです。

iFi Audioのnano iDSD (そして近々発売予定の全てのiDSDレンジ)では、これを提供するためならなんでもやろうと思っています。DSDとPCMの両方を適切に扱えるDACチップをすぐにも見つけることは大変な難題でした。メーカーは一般的にチップの内部に関する情報を公開したがらないので、本当はどんな処理が行われているのか知るためには、実際のパーツを手に入れてから独自に入念なテストをしなければならないのです。

nano iDSDで使っているDACチップでは少し変わった処理を行っています。PCMオーディオの上位 6bitの信号に対して、6bitトゥルーマルチビットDACを用いることで、Burr Brown のマルチビットDACの有名な特質である、暖かいと同時に定位のピシッと定まったサウンドを実現しているのです。これより下位のビット情報は全て、等級の低い256スピードのDelta Sigma変調器により(事実上のDSD256)変換され、PCM再生に、Delta Sigma DACとDSDの有名な特質である滑らかなサウンドを提供します。

Burr-Brownの真にネイティブなDSD/PCMチップセット – PCMとDSDをネイティブに処理

DSDの再生時には、同じDelta Sigma変調器が、直接DSDのビットストリームからアナログ信号に変換する形で使用されます。もちろん、DSDに使うことができるデジタルフィルターやデジタルボリュームコントロールは存在しないので、これらの機能は元々あるべきアナログドメインに追加しなければなりません。

−−−−DoP再生のベネフィットは あると思いますか?

この問いの答えについては、よく議論されるように再生の側だけでなく、そもそもの録音から再生までの流れ全体で考える必要があります。

私は、DSD(そして残念なことにネイティブPCMも)は、LPやCDのように歴史的なフォーマットと見なしています…。ネイティブPCMでの録音・再生、またはネイティブDSDの録音・再生のどちらかが、それぞれのフォーマットでの最高品質を提供するでしょう。しかし現実の世界で、これは稀なケースです。

現代ではまだネイティブDSD対応のADC・DACはとても珍しく、ネイティブPCM対応のそれはさらに稀なので、特にハイブリッドタイプのADCやDACにおいては比較自体が無意味です。

リンゴとオレンジそのものの魅力を比較することは無意味ですが、例えばリンゴとオレンジをフリーズドライして、ジュースの粉にして 水や砂糖と混ぜるといった加工の手順を経てできたものの味や出来映えについては比較ができます。新鮮な絞り立てのオレンジジュースと濃縮還元のオレンジジュースについては、これはもう比べるまでもありません。

確かなことは、ネイティブDSDは、DSDからPCMやハイブリッドPCMに変換した信号よりもメリットが大きいということです。そしてネイティブPCMには、DSDに変換されたPCM信号よりもメリットがあります。

−−−−さらに高いサンプリングレートのPCMデータも話題になりつつあります。192kHz/24bitはより低いサンプリングレートの音源よりもクオリティが低いと主張する人がいます。Monty Montgomery氏もその一人ですhttp://xiph.org/~xiphmont/demo/neil-young.html。192kHzやDXDを含む、ハイサンプリングレートのハイレゾが登場してきたことについてはどう感じていますか。

そうですね、Montgomery氏が主張している、人間の聴覚には限界があるという持論には一理があります。ただ、彼は人間が実際に聴き、認識できるものの限界については、それほど正確に解明していないと思います。

人間の聴覚メカニズムは驚異的です。それは全体がデジタル方式の“トランスデューサー”(有毛細胞)と、高機能なノンリニア・アコースティックシステム(外耳道、隔膜、繋がった骨や腱等々)の組み合わせにより構成されています。正のフィードバック(正帰還)を使って、小さな音を増幅することさえやってのけます。そしてこのフィードバックが本来の軌道を外れると、耳鳴りの原因のひとつになるのです。時には、耳鳴りのような音が聞こえている人の隣に立っている人がその音を聴くことができるような微少な音圧レベルでも、耳は振動することがあるほどです! こうして、獲得されたデジタル信号は、学習によって相当な種類のサウンドに反応することができるアナログコンピューターに相当するもの(つまり脳)を使って処理されるのです。

人間の聴覚器官


もしも人間の聴覚が(電気による)機械的なサウンド録音・解析システムの総体だとしたら、設計がめちゃくちゃで全然役に立たないものに思われるはずです。しかしながら一方で、それは同時に例外的なアコースティック解析の能力といえる「聴覚」を我々にもたらしました(それを私たちはとりあえず「聴覚」と呼んでいるのです)。実際私たちは、脳内の神経システムに“つなぐ”ことのできる、実用的な人工聴器官の製造にはまだ辿り着いていないのですから。機械でそれを再現できるほどまでには、人間の聴覚システムをまだ十分には理解していないのです。

実のところ、人間の(そしてある程度は動物の)聴覚は、“インテリジェントデザイン”(訳注/宇宙や生命体は高度に知的な存在によって創造されたものであるとし、進化論を認めない主張)の賛否の議論にも役立ちそうです。通常自然は与えられた問題に対して、最もシンプルに実現可能性を描ける解決方法にめがけて進化します。極端に精巧なシステムができることは稀です。従って極端に複雑で、反単純化されている人間の聴覚は、“インテリジェントデザイナー”によってのみ作られることが可能であるというのです。同様に、まったく気の狂った人なら、人間の聴覚にアコースティックな感覚を与えているこのルーブ・ゴールドバーグ・マシン(訳注/アメリカの漫画家ルーベン・L・ゴールドバーグの漫画が起源。簡単にできそうなことをするのに、わざわざ手の込んだ仕組みや機械を作ること)のような珍奇な仕組みを、作るかもしれません。ですからそれは、進化の目に見えない力だったに違いないのです。

形而上学的なことはさて置き、私たちは、オオハシ氏を始めとする人々の研究を通じて、たとえば音楽を聴く時には音を超越した何かも知覚しているのだという証拠を得ています。Lee/ Geddes氏、 J.J. Johnston氏、他の多くの人々が、私たちは何をどのように聴いているのかという知識の境界を押し広げ続けています。多くの先端研究の成果が伝えることは、 私たちはあらゆる領域における人間の聴覚認知を過大にも過小にも評価してきたがゆえに、一般的に伝えられている音の周波数や大きさおける認識限界の数値は必ずしも正しいものではないと考えられるということです。私たちが、何が聞こえていて、何が聞こえないのかを断言できるようになるまでには、まだ多くの研究が必要です。(続く)

(翻訳:山本敦)
AudioStreamのインタビュー記事より 原文

2014年6月2日月曜日

iFIオーディオ主任エンジニア、トルステン博士かく語りき(1)連載インタビュー

アメリカのネット媒体AudioStreamに掲載された、iFI-Audio主任エンジニア、トルステン・レッシュ博士のインタビューを順次掲載します。(翻訳:山本敦)

トルステン・レッシュ博士/2013年秋のヘッドフォン祭(フジヤ・エービック主催)にて

多くの読者はDACやポータブルヘッドホンアンプ、USBパワーサプライ、チューブ・バッファ/プリアンプなど、手頃で良質な製品を展開するiFi Audioについてご存じだろう。我々は同社iFi microシリーズの iDAC(レビュー参照)やiUSB Power(レビュー参照)、アクティヴ・チューブ・バッファプリアンプのiTube(レビュー参照)など数多くの製品をレビューしてきた。

Abbingdon Music Research (AMR)からもアンプ、プリアンプ、スピーカーシステム、ディスクプレーヤー、DACと言った“リファレンス・クラス”の製品群が世に送り出されている。両ブランドの製品開発を担当するチーフデザイナー、Thorsten Loesch(トルステン・レッシュ)氏はPCM 対DSD、人間の聴覚、管球アンプの魅力の核心に迫る、AudioStreamのQ&Aに快く答えてくれた。彼が回答に割いてくれた時間と労力に感謝しつつ、読者の皆様も私と一緒にインタビューを楽しんでもらえたらと思う。


−−−−トルステンさんがHiFi機器の設計に携わるに至った背景を教えていただけますか?

11歳の頃からずっとHiFi機器の設計や組み立てに熱を上げてきました。振り返ればそれより以前からオーディオいじりに興味を持っていて、幼少の頃からいつも音楽に魅了されてきました。

私が旧東ドイツで育った頃、私の家族は部屋の隅の整理ダンスの上にどんと置かれた「Stradivari 3」という名前の、古くて可愛らしい“Dampfradio” (直訳するとSteam Radio)を所有していました(訳注/Steam RadioのSteamは、「蒸気式の」、つまり「旧式の、古くさい」という意味。したがって、Steam Radioは「旧式のラジオ」という意味)。真空管を使用したラジオです。そのラジオに電源が入ると、部屋全体が素晴らしい音に満たされました。私は豊かで、暖かく、ダイナミックな“Dampfradio”の音に引き込まれ、大きなダイアルに書かれたブラザビル、ロンドン、モスクワ、ニューヨーク、北京、ティンブクトゥ、エレバン と言ったエキゾチックな場所の名前に誘惑されたものです。その後、私はこの古いラジオのダイアルに記された、ほとんどの場所を訪れることができたのですが、この話はまた別の機会にしましょう。

東ドイツ製Stradivari 3管球式ラジオ made by Stern Radio Rochlitz

わが家にはまたルイ・アームストロングからオペラ『アイーダ』まで、沢山の素晴らしいLPレコードのコレクションがありました。しかし、使っていたレコードプレーヤーは、小さくて造りの悪い、トップカバーに“薄っぺらく甲高い音の出る”小さなスピーカーが組み込まれたソリッドステート・ユニットの製品でした。私はそのレコードプレーヤーの“薄っぺらく甲高い”音が好きではありませんでした。

私がちょうど小学2年生になって、子供図書館の図書カードを手に入れた頃、小規模だけれどちゃんと選定された図書館のレコードライブラリーから、色々なLPレコードを借りられるようになりました。これが私の音楽の地平を広げてくれました。レコードは充実しているのに、唯一、そのプレーヤーの音質だけが気に入らなかったことをよく覚えています。これが私を悩ませ続けたのでした。

東ドイツ製Ziphona Solid 523 Record Player

私はどうにかして“Dampfradio”を使って、レコードの音楽を聞くことができないものか、試行錯誤しました。簡単にできる方法がなかったので、当時電気工学士だった叔父に聞いてみました。彼はレコードプレーヤーからの出力を、ラジオの入力につなぐための配線を改造する技術を指南してくれ、その信号を伝送するための長いケーブルを作るのを手伝ってくれました。

私はそれから毎日、午後は学校から家まで駆け足で戻り、自宅のレコードを聴いたり、図書館から新しい作品を借りて夢中で聴いていました。キンクス、ジェスロ・タル、ピンクフロイドやビートルズ、そしてヘンデルやバッハたちの音楽を、私はこうして発見したのです。

私はまた、音楽をすばらしくもひどくも響かせることのできるこの技術にも惹かれるようになりました。私は電気工学の本を読み、独学で知識をつけていきました。それはもう、取り憑かれたかのように夢中になったわけで、それはまずかったですね。やがて5年もしないうちに学校の科学技術展で、お手製のHiFiシステムを披露しました。それには、周波数がデジタル表示されるラジオチューナー、6バンドイコライザー付の100Wアンプ、8インチのウーファー、2インチのミッドレンジドーム、1インチのツイーターを搭載した3ウェイスピーカーなどが含まれていました。自分のまさに最初の“オーディオ機器”を、12歳という高齢で(!)やっと作りあげたのだということを、その時はまだほとんどわかっていなかったのでした。

当時、国内(東ドイツ)のHiFiオーディオ産業は、これに匹敵するように見える製品はまったく生産していませんでした。プロフェッショナル用に限られる3ウェイスピーカー、100Wのアンプ、イコライザーといったものなど、なかったのです。ラジオなどは皆、古風なストリング(カーソル)とポインターチューニング仕様のものばかりです。私が作り上げた製品は、ベルリンの中央図書館から取り寄せた西側の雑誌を借りたり、そしてまた米ドルやドイツマルク(どちらも持っていませんでしたけど)で日本から輸入された最新の製品を買うことができる“インターショップ”を訪れたりして得た知識をもとにしているのです。

もちろん、アルミのフロントパネルの成形や、手作業でのドリルとブラシ、ドライ転写のレタリングによるラベル、ほぼ木製のシャーシなど、仕上げは荒っぽいものでしたが、それでも稼働したし、音もかなり良かったと思います。私はこのシステムのために、学校の授業中に回路の設計やフロントパネルのレイアウトのデッサンに時間を費やしてきました。残念なことに、この最初の製品の写真は全く残っていないのですが。

私は見事1等を取り、転げ回るほど大喜びしました。今日になっても、私たちの作った製品が賞を取ったときは同じぐらいの喜びを感じます。

 “サウンドエンジニアとしての技能を活かしてお金を稼げるようになるために、「トーンマイスター(サウンドマスター)」の資格を得るための約2年間のコースを修了しなければなりませんでした。”
後に私は電子工学を勉強し、一時期小さな個人経営のプロオーディオ企業(当時の共産主義体制では珍しいものでした)に勤めました。国営ラジオ&テレビネットワーク用にミキシングデスクを作っている会社でした。サウンドエンジニアとして、いくつかのバンドにも関わり、PAシステムも組み立てられるようになりました。サウンドエンジニアとしての技能を活かしてお金を稼げるようになるために、「トーンマイスター(サウンドマイスター)」の資格を得るための約2年間のコースを修了しなければなりませんでした。

コースのプログラムには、当時私はハードロックにはまっていたのにも関わらず、クラシックのレコーディングを習得しなければならない科目がありました。クラシックのレコーディングはシングルテイク、ミニマルなマイクセッティング、そして取り直し不可。後でミキシングで修正なんてこともできませんでした。スコア(総譜)が読めなければならず、リハーサルに出て、どうやって古いアナログのコンソールでゲイン調整を行うか、専門的な技術を習得しなければなりませんでした。

夜な夜な生演奏に参加しながら、レコーディングとライブ両方のサウンドワークを担当し、それに私が力を注いできたプロのオーディオ設計(それは非常に“職人的”な仕事なので、多くの時間を費やしました)が組み合わさったことによって、私がUltra-Fidelityのオーディオコンポを設計する際に今日までなお拠りどころにしている真の基盤が形成されたのです。その後、私はイギリスへ移住し、コンピューターサイエンスで2級の資格を獲得し、財務コンピューターシステムでのキャリアを開始しましたが、オーディオエレクトロニクスへの情熱は片時も失うことがありませんでした。

Joe Roberts 氏の“Sound Practices”マガジンとの出会い、そしてインターネットの普及の草創期でのメーリングリストを通して、私の管球サウンドへの愛情は復活しました(LPレコードへの情熱を失った事はありませんが)。私はすっかり“Ultra-Fidelity audio”の集団に深く関わるようになりました。欧州人として、ドイツ人として、私はまたフランスの流行にも触れて、スイスや(西)ドイツのオーディオシーンにも囲まれて育ちました。日本の「MJ無線と実験」誌や「ラジオ技術」誌には多大な影響を受けました。電子工学のしっかりした背景と経験を持っていることが役立ったのは、間違いありません。



私自身もレビューや技術論文を、Webマガジンの開拓期に登場してきたTNT-Audio, Enjoythemusic.com そして “VALVE the magazine of astounding sound”などの媒体に、折に触れて寄稿してきました。他の人々が設計を商品化し始めた頃には、私は事実上すでに“オープンソース”のDIYキットを完成品に組み込んで販売するようなことをやっていました。その後、私はハイエンドオーディオのビジネスに引き込まれ、私とパートナーたちでAMRとiFiを始めたのです。(続く)